小説 昼下がり 第九話『春爛漫(はるらんまん)』



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有限会社 エイトバッカス
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大阪府枚方市釈尊寺町
25-23-205
TEL/FAX
072-853-7930
代表者:木山 利男


       (四十七)
 会議も終わり、用意された宿泊先のホ
テルへ帰る途中、啓一は佐賀営業本部長
に呼び止められた。
 「川嶋君、ちょっといいかな? 部屋へ
来てくれないか」
 こじんまりとした部屋だった。
 壁にはゴルフ場の写真が所せましと飾
られてあった。
 趣味が興じて、腕前はシングル級。
 「君とは入社の面接以来だな。
 ゴルフはどやねん。君もやればいい。
 これから必要になるからな」
 若くして、やり手の部長として、社内
では一目置かれている。
 四十二才。長州、山口県の出身。
 本社の営業を一手に引き受け、社長の
信頼も厚い。
 「社長の話、どないやった?」
 「はい、素晴らしかったと思います」
 「いつまでも、東京弁が抜けきれん。
 わしらからは、何か異質に感じる。
 そやけど、わしも最初の頃は長州弁が
いつまでたっても、改善できんやった。
 君もそうやろ? 九州弁が抜けんわな」
 啓一はどう応えていいのやら、思案に
くれた、

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 「あの社長の実家は大金持ちやからな。
 いつもわしに、はよ東京へ帰りたい、
帰りたいーと云ってる。
 そやけど、何かあったら、本気で責任
とるお人や。伊達(だて)に社長はやっ
とらん。社員の信頼も厚いしな。ええ社
長やから助けんとー」
 ざっくばらんな、本部長の言葉の端々
には社長への尊敬の念が表われていた。
 「そりゃそうと、話は急で悪いが、君
んとこの取引先に、『田原本(たわらも
と)物産』があるやろ。
 そこの桜井常務を接待しようと思うん
や。その役目を君に頼みたい。東京支店
長の許可はとってあるからー。
 君なら安心してまかせられる。詳しく
は宮前(東京支店長)に訊いてくれ」
 啓一は、詳しく説明しない本部長の意
図を読み切った。
 支店長への気遣いだと思った。
 何であれ、断る理由はない。顎足付
(あごあしつ)きの出張。
 『喜んでー』と云いたかったが、多少
ためらった。
 帰り際の本部長の一言が嬉しかった。
 「ゴルフしいや! 六月に東京へ行く
から、一杯やろうな」

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      (四十八)
 啓一は食事も済み、宿泊先の小さなビ
ジネスホテルの一室にいた。
 寝付けなかった。
 本部長の慣れない大阪弁が可笑(おか)
しかった。
 確か、博多支店の勤務が長く、大阪本
社では、まだ一年は経っていない。
 社長と云い、本部長と云い、東京支店
長と云い、良い環境に恵まれ、啓一は幸
せと同時に、責任も感じていた。
 ―突然、啓一の脳裏に、岡山へ帰った
美保の面影が浮かんだ。
 〔今頃、何をしているんだろう。いい
人できたかな。嫁に行ったかな…〕
 真理子の面影も陽炎(かげろう)のよう
に現れ、一瞬、胸が苦しくなった。
 古びたホテルの窓から時折、入ってく
る冷たい風が身にしみた。
 今は四月の初め。スチーム暖房は使わ
れていない。窓の外には梅田駅が見える。
 その界隈では、無数の車のクラクショ
ンがオーケストラを奏(かな)でていた。
 深い眠りに就いたのは、朝方だったー。
 ―啓一の前に開(はだか)る悪魔〔Sa
tan〕の罠。出逢いへの扉はいつ開
(あ)く―。   
   ―次回、未知への旅立ちに続く―

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